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トークセッション1 養老孟司氏を囲んで ②

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かながわのナショナル・トラスト25周年記念シンポジウム
トークセッション1 養老孟司氏を囲んで

養老 孟司 氏

大ベストセラー「バカの壁」筆者で東京大学名誉教授。

養老孟司氏

岸 由二 氏

慶應義塾大学教授。専門に進化生態学。小網代野外活動調整会議代表。

岸由二氏

柳瀬 博一 氏(進行)

日経ビジネスオンラインプロデューサー

柳瀬博一氏

生息場所の多様な森

(柳瀬)養老さんが昆虫を採る森や林も、もっぱら落葉樹が多いところですよね。

(養老)もちろんそうです。いわゆる常緑樹林の中に入っちゃうと虫は採れません。熱帯雨林のジャングルと同じ。ジャングルの中に入るとわかりますが、真っ暗なジャングルの林床部はいわゆる“地下”と同じですよ。日の当たるのは樹冠のみ。そこでは花が咲き、虫が棲む。だから鳥だろうが蛇だろうが皆木の上にいる。ジャングルで地面を歩いているのは、地下を歩いているって理解をすればいい。

(岸)僕が大学1年の時に読んだものに『The Forest and The Sea』っていう日本語にはなってない本があって、まさに養老さんの今のお話が書いてあってね。熱帯林の林床というのは、いわば海です。森にいるシロアリはプランクトンだと書いてある。にぎやかな生き物は全部カノピー(天蓋)にいると。本当にその通りですよね。
フィリピンの熱帯林の研究でどんどん明らかになってきているようですが熱帯だけじゃなく、この近辺だって虫の多くはてっぺんにいる。

笑話だけど、僕は町田の団地に住んでいますが、オオムラサキはいなくなったって嘆いていたら、知り合いが5階に住んでいて「下のエノキとかにオオムラサキがよく来ますよ」って。みんな下から探して見ているけど、高いところの枝先に、蜜が出る所がいっぱいあってそこに来ている。タマムシもそうでぶんぶん飛び回っているけど下から見えないから、タマムシは全滅したって思われてしまう。

トークセッション1 養老孟司氏を囲んで

(養老)昔の日本人も同じですよ。縄文時代の遺跡って北日本や東日本に多くて西日本に少ない。それは西日本の林が照葉樹林中心で真っ暗だったからです。つまり、生き物があまりいない。4,000年前の森の痕跡が島根県の三瓶で発見されました。三瓶山が噴火した時に火砕流が森を埋めまして、田んぼから木のてっぺんが出ていて、掘りこんでみたら、昔の森が出てきた。今そのまま展示されています。縄文時代から火砕流で埋まったまま。樹脂の残っている巨大なスギやカシが埋没していた。それを見学した後に、建築家の藤森照信さんに「大きな木ばっかり残っていたから、縄文時代はもしかすると巨木を信仰し大事にしていたのかな」と話したら、「違います。冗談じゃないですよ。石斧であんな巨木は伐れません」って言われた。あ、その通りだ、伐れないから残っていたんだなって。

(柳瀬)そのままの自然の状態にある常緑の森が、人間だけじゃなく他の生き物にとっても暮らしにくいのはなぜでしょうか。

(岸)基本的に生物多様性というのは生息環境の多様性に対応しています。多様な木が育てば木に依存する虫はいっぱいいる。山でも草原があって、落葉な所があって、常緑な所があるように、パッチ状になっているような所に生き物がそれぞれいる。それなのに人間というものは必然的に或いはよかれと保護し、自然を単純化してきた。またお金になるからと戦後いっせいに杉の木を植えちゃって、今では処置に困っている。

(柳瀬)みなさんが考えている豊かな自然への認識が実際には、採集者としてよく知るお2人から見るとどうも違うぞということがあるようですが。

トークセッション1 養老孟司氏を囲んで

(養老)たしかに。でも一般のイメージを無理して是正しようとしてもすぐには変わらないと思います。日本の自然に関して、私が将来的に心配しているのは、石油が切れたときです。ただ、石油が切れる場合のことが直接心配なのではなく、石油が切れたときみなさんがどう動くのかが心配なのです。つまり、石油文明の現代、放置されてこれだけ大きくなった日本の森をあっという間に切ってしまうのではないでしょうか。そこで「日本に健全な森を残す」委員会を作りました。石油切れになった時に滅茶苦茶な伐採をしないように、今から持続可能な森林の管理を考えて行こうというものです。日本の森は長いこと放っておかれて、管理もできない状況になっていますのでそこをまずきちんとしていく。

森林管理に関してどうしても理解いただきたいのは、農業と同じように計画的に植えて収穫するサイクルをつくる必要があるということです。そうしないと林業は成り立ちません。世界中で林業がしっかり成り立っているところはヨーロッパ、アメリカ、カナダと先進国ばかりです。持続可能な林業は、きわめて先進的な産業なのです。
一方、アジアなど新興国で盛んな林業は、天然林を伐ってその材を売っていることです。これでは続かない。森林がどんどん禿げ山になる。持続可能ではない林業ですね。

かつての日本もそうでした。ヒノキが典型です。天然の大きくて良いヒノキを全部切り尽くしてしまった。今はほとんどありません。それで業者がどこに行ったか。台湾です。けれども切りすぎて台湾ヒノキは伐採禁止になりました。禁止になる前に伐った木の貯蔵庫を見に行った人が関係者に聞いたら、「伐った台湾ヒノキの行先は全部決まっています」と言われた。どこに行くのかって聞くと「全部日本のお寺です」(笑)。それで、台湾の業者はどこに行ったと思います?ラオスに行った。

(柳瀬)ラオスといえば、養老さんがよく虫採りに行かれていますよね。

(養老)そうです。ラオスの山奥まで台湾の業者が軍と協力して道路を通した。かくしてラオスのヒノキが伐り終わりました。皮肉な話で、その道路を僕らが虫採りに使っている。

(岸)ウィリアム・ローガンという人が『どんぐりと文明』って本を書いています。その中にヨーロッパの数千年前の雑木林の管理の話がでてくるのですが、雑木林の1本1本に名前をつけてね。この木は舟のキールに使えるとか、これは舟の梶にいいやと思いながら育てている。それでこの木は残して、これとこれは薪にするとかね。もう何千年も昔からそうやって手入れをする。今だって重要な建物を建てるために使うヒノキとか、そういう木を管理する商売の人が山の中にいる。木を伐る森林組合とも関係のないそういう仕事の人がいて、何百ヘクタールの山を知っている。本当にきめ細かく、年中伐採し活用しながら丁寧な森林文化を築いている。

(養老)箱根の森もかなり放置されていますね。スギ林なんかやはり過植状態になっている。元来、間引くことを前提に植えているわけですが、どの木を残してどの木を伐るかって、判断出来る人がもはや現場にいない。

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