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流域思考の小網代保全20年

河口の石橋から干潟を望む

河口の石橋から干潟を望む

(機関誌ミドリ137号2025)

流域思考の小網代保全20年

慶應義塾大学名誉教授 岸 由二

小網代の森が正式に保全されたのは2005年9月。今年で満20年になります。どんな法律により、なにを主たる理由として保全されたのか。記念となるタイミングでもあるので、以下、簡単に紹介させていただきます。

小網代の森の保全を決めたのは、国土交通省の国土審議会。「首都圏近郊緑地保全法」という聞きなれない法律が適用されました。近郊緑地という名前は、1958年の首都圏整備計画における「グリーンベルト」を指す用語でした。諸事情でその計画が破棄されたあと、ベルトとしての連続性はなくても首都圏には大規模緑地の保全が必須という考えで施行された法律でした。2005年9月21日、この法律にもとづいて小網代地区の保全がきまったのです。

指定の根拠は、小網代区域が完結した流域生態系であるという事実でした。保全を広報した国交省の文書に、「小網代区域は、・・・関東地方では唯一、水系を軸に森林、湿地、干潟及び海が自然状態でまとまった完結した集水域」と明記されています。「集水域」は「流域」と同じ意味の専門用語です。小網代は、雨の水が、浦の川という延長1.2kmの小川に流れ込む地形(大地の凸凹)、つまり浦の川水系の流域を、70ha規模で保全した、流域思考の流域生態系保全なのです。「小網代の森」と通称される保全区域は、地形でいうと、浦の川水系の流域生態系だ、ということですね。

保全地域の広がりを視覚的に理解するのは簡単ではありませんが、良い手掛かりは河口の石橋です。2011年の津波をうけて基礎が破壊され、いまは通行禁止ですが、眺望テラスから全容を見ることができます。大雨の水がこの河口に集まる広がりが浦の川の流域=集水域=保全区域ということになります。眺望テラスから上手に展望できる森や湿原は、すべて保全地域の一部です。

実はもっと画期的な事実もあるのです。干潟の緑だけでなく保全地域には干潟を囲む南北の岬の緑も含まれています。干潟を縁取る塩水湿地の緑のベルトや岩場も保全されているのです。浦の川の河口石橋より下流の広大な領域が、なぜ保全されているのか。

答えは上げ潮引き潮で水面の上下する干潟の地形。石橋は行政がきめる浦の川の河口地点ですが、引き潮時、その石橋から最大300mほど先まで潮が引き、泥干潟が現れるのです。その干潟の中を、裏の川の、引き潮時の下流が、「澪筋」となって流れ下り、南北の岬をつなぐ線のあたりに「引き潮時限定の河口」ができるのです。もう、答えが分かったかもしれません。小網代保全をきめた国土交通省は、引き潮時のその河口に大雨の水が集まる陸域を、まるごと保全地域に含めたのです。だから、上げ潮時に海に沈まない左右の岬の斜面林も岩場も塩水湿地も保全地域に入ったのです。形式ではなく、生態学的な必然を配慮した流域思考によって、集水域=流域生態系がまるごと保全された奇跡の流域。それが小網代の森なのです。

保全から20年。世界は、水循環のかく乱を介して、生物多様性や気候変動危機のまっただなかです。流域思考の治水、自然保護、都市計画が一気に注目されてゆくこれからの時代、小網代の森は、流域学習の聖地になってゆくのかもしれません。

保全区域

保全区域

プロフィール

岸 由二(きしゆうじ)
慶應義塾大学名誉教授。専門は進化生態学、流域アプローチによる環境保全、都市再生など。

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