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小網代の森の保全はビジョンから現場管理まで流域思考

タイトル

(機関誌ミドリ129号2023)

小網代の森の保全はビジョンから 現場管理まで流域思考

NPO法人小網代野外活動調整会議 代表理事 岸 由二

流域思考の小網代の森の保全

神奈川県が小網代の森の保全方針を公表して今年で28年。国土交通省による近郊緑地保全区域指定から18年。保全の基本整備がととのい、一般公開された2014年夏から、すでに9年がたちました。そのすべてのステップで小網代の森の自然保護を誘導してきたのは、流域という地形、生態系を基礎に考え工夫するという「流域思考」です。今回はその流域思考をテーマにします。  流域は雨の水を水系に集める地形のことです。水系の代表として採用されるのは、もちろん川。地表を流れるすべての川は、その川に雨の水を集める流域という地形とともにあります。小網代の森とよばれる70ha規模の緑が雨の水を供給する川は、浦の川とよばれる全長1.2km規模の小河川。いくつかの支流を合流させる流れなので浦の川水系といいます。2005年、国交省はこの浦の川水系の流域を、ほぼ丸ごと近郊緑地保全区域として保全したのでした。

すこし追加の説明も必要です。浦の川水系は眺望テラスから望める河口の石橋が終点と思われているのですが、実はその下手の干潟を含めると話が変わってくるのです。干潟は上げ潮の時は一面の海ですが、引き潮になれば石橋から数百メートル下手まで干上がってしまいます。そのため浦の川の河口は、干潟の澪筋を通して、その先端まで移動するからです。国交省による小網代の森の保全は、この事情もふまえ、最大引き潮の干潟の先端までを考え、それをつつむ左右の岬をふくめて保全地域に設定されているのです。

しかしながら、干潟そのものは海域で、陸域の保全に関する制度では対応できませんので、流域思考で保全された小網代の70haに、3ha規模の干潟は含まれません。

さらにさかのぼって歴史をたどると、1985年に公表された165haという大規模な三戸小網代開発に浦の川の流域が入っていました。その開発予定地を複数の異なる流域に分割して、独自の環境アセスメントを実施したのは「ポラーノ村を考える会」という市民組織。そこで分析を担当したのが、私(当時慶應義塾大学助教授・生態学専攻)でした。そこで開発地域を区分する複数の流域のうち、源流から干潟河口にいたるまで自然地形が丸ごと残されていたのは浦の川の流域だけと判明したのでした。

小網代の森全景(C)神奈川県青少年センター

小網代の森全景 (C)神奈川県青少年センター

浦の川流域とその周辺の地形図

浦の川流域とその周辺の地形図

私の分析をうけ、ポラーノ村を考える会は三戸小網代開発については賛成。ただし、浦の川の流域は源流から干潟まで、首都圏全域で唯一の完結している自然流域地形であり、その形状を保全し、再生すべきとの結論にいたりました。流域生態系の総合性、干潟そして小網代湾の自然や漁業資源保全の観点からも重要であると、1987年、鉄道延伸、道路整備、住宅開発、農地造成すべてを適切にすすめながら、浦の川の流域全体はしっかり保全活用してゆきましょう、という代案提示にいたったものです。

細部のさまざまな変更はありましたが、1995年の神奈川県の保全案も、2005年の国土交通省の保全区域設定も、1987年当初の私たちの提案とほぼ同様の流域思考ですすめられてきたのでした。ちなみに国交省の保全区域指定文書には「(小網代の森保全区域は)関東地方では唯一、水系を軸に森林、湿地、干潟及び海が自然状態でまとまった完結した集水域(流域と同義)であり、オオタカやサラサヤンマなどの希少種を含む貴重な生態系が形成されている」と記されています。

京浜急行の三戸・小網代地区開発構想概略図(1985年の京急・三浦開発基本構想から略写)

京浜急行の三戸・小網代地区開発構想概略図(1985年の京急・三浦開発基本構想から略写)

サラサヤンマ

サラサヤンマ

多自然型の湿原創出

2005年に保全が決まり、2011年には近郊緑地特別保全地区として必要な用地の大半が県管理となった浦の川の流域は、2010年前後からNPO法人小網代野外活動調整会議と神奈川県によって、一般開放のための整備作業が始まりました。散策路の整備と、里山型の農業利用がおわって全域が乾燥したササ原に変貌していた谷底部の湿原化です。

かつて全域が水田だった浦の川の流域の5ha規模の谷底は、2000年代にはいると水路の縦浸食がすすんで激しい乾燥化が進み、全域がうっそうとしたササ原に変貌していたのです。

ここでも力を発揮したのは流域思考でした。小網代の森の流域は大小の小流域で構成されています。降水量と平均的な比流量(大地から染み出してくる地下水の量)から、湿原再生に利用できる水の量は概算できるのです。その計算から流域に降った水をうまく配分すれば本流を完全渇水させることなく、5ha規模のササ原を湿原化することは可能と判断し、2009年夏から湿原創出を実行したのでした。

中央の谷:上流域 ハンノキの林

中央の谷:上流域 ハンノキの林

中央の谷:ジャヤナギの湿地林

中央の谷:ジャヤナギの湿地林

中央の谷:アシの群落

中央の谷:アシの群落

河口干潟:石橋から延びる澪筋

河口干潟:石橋から延びる澪筋

作業のあらすじは以下の通りです。まずはうっそうと茂ったササ原を全刈する。伐採後の低地に周辺の小流域が供給する雨水を誘導する水路を工夫する。水路の各所に堰をもうけ、大雨時に伐採地全域が水没するように工夫する。2014年春には谷底の湿原化がほぼ全域にわたって実現し、7月20日から一般開放され今日に至っています。

湿原創出にあたってはホタルやトンボの生息地となる水路の整備だけではなく、地下水位のコントロールを通して、多様な湿原生態系の創出も工夫されました。大型シダであるアスカイノデの群落、ハンゲショウの群落、ハンノキの湿地林、ジャヤナギの森、オギ、アシ、クサヨシ、ガマ、ハンゲショウなどの群落が創出され、現在にいたっています。

多様な湿原の形成に対応してサラサヤンマを筆頭とするトンボ類や、ゲンジボタル・ヘイケボタルの保全・回復も進んでいます。絶滅の心配されたサラサヤンマについては、湿原創出で様々な実験も行われてきましたが、地下水位の高いジャヤナギの湿地林を保全、創出することが有効だったようです。ホタルについては、水際の植生の伐採を通して日照条件を継続的に改善することで増加・保全が実現しています。

湿原の創出についての最大の危機は、2011年3月11日。東日本大地震のおり、相模湾でも地震に呼応する振動性の高潮が発生し、標高7mのやなぎテラス付近まで川に沿って大遡上して、湿原全体を覆う状況になりました。サラサヤンマはその年、一時は姿を消しましたが無事に復活。問題は高潮によって湿原奥まで運ばれてしまったアレチウリやネズミホソムギ等の有害外来植物。以後、除去する作業は今日までずっと続いています。特に全域に広がってしまったネズミホソムギは花粉症を発症させることもあり、えのきテラスなど休憩地周辺における抑制が大きな課題となっています。

これに関連して特記しておきたいのが、ハマカンゾウという在来の海浜植物の育成です。ハマカンゾウは三浦半島の海岸線の各所に生息するキスゲ属の植物です。小網代の森では大蔵沢と呼ばれる谷の地先に数百株の群落があったのですが、3月11日の大地震が引き起こした高潮で地盤とともに群落全体が流出してしまい、30株ほどが残るのみとなりました。再生をめざす工夫を始め、大きく応援いただいたのは東芝株式会社でした。グループ会社で横須賀市にあった東芝ライテックさんが、敷地内の芝地を畑にし、その30株のハマカンゾウを育成し2018年には1000株規模に増殖させて、えのきテラス周辺の、ネズミホソムギの大群落地域に戻してくださったのです。それから5年。当地のハマカンゾウは1万株規模の大群落に育ち、猖獗(しょうけつ)していたネズミホソムギ、セイタカアワダチソウを大きく抑制するグランドカバーとなり、8月半ばには尾瀬ヶ原のニッコウキスゲ群落のような見事な花園となって、訪問者の目もたのしませてくれています。

浦の川流域の尾根系(赤実線)、水系(青実線)、海岸線(破線)

浦の川流域の尾根系(赤実線)、水系(青実線)、 海岸線(破線)

小網代の森(浦の川の拡大流域)を構成する、小流域と干潟の配置

小網代の森(浦の川の拡大流域)を構成する、小流域と干潟の配置

流域区分谷底部の現況課題
1:入谷戸草刈り継続斜面の危険な巨木処理
2:源流谷戸湿地創出中将来は谷奥の石切り場開放
3:くずれ谷戸ササ伐採・湿地創出中ハンノキ林更新予定
4:ふくろう谷戸湿地再生済みフクロウの保護検討
5:南の谷クサヨシ主体の湿地再生済み・アユの遡上を可能とするための下流流路の整備継続中。一般利用は誘導せず生物多様性重視の生態系創出拠点としていく。
6:大蔵谷戸全域の森林整備・水循環整備進行中。地先の海岸域の整備と併せてアカテガニの総合的な生息地としていく。
7:別荘跡人工植生地・ササ原・竹林の湿地化推進中津波避難路整備必要か。
8:正面谷戸中央の谷の河道整備優先で湿原整備未着手次期整備計画で総合的に湿原整備を進める。
9:やしゃぶし谷クサヨシ・ハマカンゾウの湿地整備推進中・津波避難路整備
10:北の谷下流大湿原を維持するための水源整備を継続。周辺の下水道未整備地区から流入する家庭排水(浄化槽による処理済み)の自然浄化も検討中。小網代湾の富栄養化を抑制するため、池の設置等で浄化能力のさらなる向上を図る。
11:中央の谷木道を軸として訪問者の安全で魅力的な環境体系・学習を支える整備を継続。全域にわたり乾燥したササ原を除去。水系整備を手段として多様な湿原植生(*)を再生し、有害外来植物を排除しつつ継続管理中。希少動物の保護を推進中。
*:アスカノイデ・ハンノキ・ジャヤナギ・ハンゲショウ・クサヨシ・アシ・オギ・ヒメガマ・ミゾソバ・セキショウ・シロバナサクラタデ・アイアシ・ハマカンゾウ等
高潮で湾から打ち上げられてくるアレチウリ、ネズミホソムギなど有害外来植物の継続的な抑制が不可避。ハマカンゾウの積極的な育成等による外来種抑制の工夫もさらに進める。
★干潟制度的には保全は未定。極めて豊かな生物多様性を擁しているが、2011年3月11日の地震に連動する波動で、アマモ場、湾岸の海浜植物生育地が引き波にさらわれて壊滅状態。干潟全般にわたり堆積土も消失しており、カニ類が激減し、現在、回復途上。調整会議によるマナー啓発で保護・回復が続いている。将来、漁業、観光業、自然保護の3分野が協調できる方式を模索して、神奈川県の特例条例で保全していく道が期待されている。

小網代流保全の未来課題

流域思考に基づく小網代の多自然管理は、神奈川県の委員会(委員長:岸)が策定した基本計画に基づいてすすめられています。豪雨による河道閉塞に対応する水路創出や広域のナラ枯れなど、計画には全くなかった大規模な変更などもあり、積み残しの部分もあるのですが、全体としてはほぼ計画通りの展開で、近々、次期計画が検討されてゆくはずです。

そんな展開の中、流域の視野から、ぜひとも工夫をすすめるべき今後の大課題のいくつかを、ここに紹介しておきたいと思います。

第一は、平常時総流量の増加をめざすべし、ということです。平常時流量というのは、雨の降っていない日々、流域を構成する小流域地形から染み出す水によって形成される流量のことです。いまから30年ほど前、まだ湿原の乾燥化がすすまず、水田跡の湿地が残っていた時代、浦の川下流の平常時流量は毎秒500㏄ほどでした。その後の湿原回復作業によって、この流量の過半は、湿原維持のために転用され、現在は毎秒200㏄以下に減少しているのです。湿原をしっかり維持するための水量は減らすわけにゆきません。その制約のもとで、本流の平常時流量をどこまで増加させることができるか、これからの大きな挑戦です。本流に絞り水を供給する大小の流域(谷戸・沢)にしっかり大量の土を堆積させ、保水させ、平常時の流出量(比流量)を増やしてゆかなければなりません。今後10年、20年をかけ本流下流の平常時流量を秒400~500㏄に増加させることができれば、アユやハゼ類の遡上をしっかり応援してゆくことができるでしょう。

第二は、周辺地域から流入する家庭排水のさらなる自然浄化をすすめることです。小網代源流部周辺の住宅地は下水道に接続できていないため、家庭排水は合併浄化槽による処理を受けたのち、行政の設定した水路をとおして一部の支流の谷に排水されています。最大の配水先である北の谷では、礫を積み上げたダム構造や、セキショウ群落の育成などを通して自然浄化方策が実施されており、河口大湿原にそそぐ段階では、ホタルもトンボも無事生息できる状況になっているのですが、リンについては油断ができません。リンは窒素のように土壌細菌の活性を介して気体化することもなく蓄積され、長期にわたれば小網代湾の赤潮を誘導する危惧もあるからです。当面期待される方策は、北の谷の出口に大きな池構造を創出し、そこにモツゴやフナ程度の淡水魚を移植して、水鳥による捕食の食物連鎖を通して除去をすすめること。小網代の水辺にはかつてメダカやモツゴは確認されているのですが、フナは生息した形跡がありません。水質浄化の方策としてフナの生息する池構造を創出できるかどうか、未来の課題になるのでしょう。

第三は、干潟の再生・保全課題です。自然の状況だけでいえば小網代の干潟はラムサール条約による保全の条件をクリアしているはずですが、地元の漁業、観光業との共存を前提した未来を考えるためには、地域の理解をさらにひろげ、できれば神奈川県による特別条例のような形で保全・利活用共存の工夫が進む必要があると思われます。さらにいうと現在の干潟は、2011年の大地震に対応して繰り返した波動のために、周囲の自然植生だけでなく、干潟そのものの底土も大規模に流失しており、アマモ群落の激減にくわえて、泥干潟を一面におおったチゴガニなどのカニ類も激減して、かつての状況を回復できていないのです。利用者のマナーを啓発しつつ、あたらしい土砂の堆積、植生の回復を期待する日々が続いています。

小網代の森は浦の川の陸域の流域生態系だけでなく、干潟に対応する生態系、さらには小網代湾という生態系まで含めて、全体が浦の川の“拡大流域生態系”といっても過言ではありません。その地形、水循環、生態系の制約や可能性についてさらに理解をすすめながら、同時にその生態系・生物多様性と健全に共存することのできる、生活圏、産業圏、保全活用の文化をいかに育ててゆくことができるか、まだまだ課題は山積しているのです。

参考図書
「奇跡の自然の守りかた」2016年/岸由二・柳瀬博一
ちくまプリマ―新書 「流域地図の作り方」2013年/岸由二
ちくまプリマ―新書 「生きのびるための流域思考」2021年/岸由二
ちくまプリマ―新書 「小網代の森の未来への提案」1987年/ポラーノ村を考える会発行(藤田祐幸・岸由二)
「いのちあつまれ小網代」1987年/岸由二 木魂社

プロフィール

岸 由二(きしゆうじ)
慶応義塾大学名誉教授。専門は進化生態学、流域アプローチによる環境保全、都市再生、環境教育など

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