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箱根における新しい登山道補修の動き

 

(写真左) よく見られる階段による補修(写真右) 近自然工法のハの字、逆ハの字による補修

(写真左) よく見られる階段による補修(写真右) 近自然工法のハの字、逆ハの字による補修

箱根自然環境保全活動研究会 辻本明

 みなさんは箱根の登山道やハイキングコースを歩いたことはありますか? 箱根には、金時山や明神ヶ岳、三国山などを巡る外輪山や、駒ケ岳、神山などの内輪山、歴史ある旧街道や湯坂道など、バラエティ豊かな登山道やハイキングコースがあります。
 ところで、登山道には丸太や板を使って階段を作っていることが多いのですが、最近補修された場所の中には、丸太をハの字、逆ハの字に組んであるところがあります。どうしてこのように整備している
のでしょう?
 これは、雨が降ると登山道に水が流れるときに、土砂が水と一緒に流れないよう、土を溜めながらゆっくり水が流れるように考えて作っているからです。そして、この斜めの丸太には杭を打ったり、かすがいで固定したりしていません。このような、自然の摂理に沿った工法(「近自然工法」と呼んでいます)による補修を、箱根では2年前から少しずつ、行政と民間、ボランティアが協力しながら進めています。

登山道の補修について

 箱根の登山道の管理は、町や県がそれぞれ管理する路線をパトロールし、草刈りや危険個所の補修を行っています。しかし、予算や人手の不足から、補修が行き届かないことも多く、過去に整備した階段が朽ちたままであったり、近年の豪雨により歩道の崩落や浸食が進むケースもみられます。大きく崩れて通行禁止になるような場合は、土木業者に直してもらいますが、そこまでいかないような場合、ボランティアによって補修をすることがあります。
 現在、箱根の登山道では、町観光課と県自然環境保全センター箱根出張所、我々の箱根自然環境保全活動研究会などがそれぞれボランティアを募って登山道を直す「補修隊」という取り組みを行っています。補修隊では、杭などの資材作りから、水切りや階段の補修、植生復元、近自然工法を取り入れた補修などを、月に3日~4日、年間30 ~40日ほど行っています。

登山道の劣化のメカニズム

登山道は歩行者による踏圧で植物が生えず、土が露出しているのが大部分です。傾斜がきつい場所や
歩行者が多い場所ではこの幅が広がり、冬季に霜柱が表面の土を柔らかくし、降雨によってその土砂が流れ、次第にV字型に削られていきます。また、歩きにくくなると、無意識に歩きやすい路肩部を歩く人が多くなり、路肩が崩れ幅が広がり、さらに浸食が進むという悪循環にはまってしまいます。箱根では傾斜のきついところの多くに、このような傾向がみられます。

V 字谷になった登山道

V 字谷になった登山道

補修のかなめは「水切り」

 この悪循環を抑えるためには、水が歩道に流れないようにすることがとても大事で、「水切り」と呼ぶ、水を歩道から逃がす施設を作ります。
 「水切り」は、路面を凹まして溝を作る場合や、土や丸太などで盛り上げる場合があります。設置するのは急坂の上端部が望ましく、大雨の時に登山道が川のようにならないよう、地形や地質により設置する箇所を決めていきます。なお、設置した水切りは、定期的に溜まった土砂を掻き出さないと機能が下がるため、きめ細かい維持管理が必要です。

 

「水切り」

水切りの傍の看板には、「ハイカーのみなさんへ この水切りはコースを保護するためのものです。一握りでも結構ですから土砂の取り除きにご協力ください。箱根町」と書いてあります。

浸食が深くなり今にも崩れそうな階段

浸食が深くなり今にも崩れそうな階段

階段と法面の保護

 登山道がV字谷のようになってしまった箇所では溝を埋め、60 ~ 100cm幅の階段を作っていきます。階段と同時に、土が露出した法面(のりめん)を安定させる必要があります。また、笹を刈って束にしたものや、細い丸太などを法面に沿って並べ、土砂が流出するのを食い止めることをします。ただ、浸食が深くなってしまうと階段や法面保護を行っても土砂の流出を抑えるのは難しく、補修を繰り返すか、大規模な工事をしなくてはなりません。

「近自然工法」という考え方について

 2022年と2023年、北海道の大雪山山守隊の岡崎哲三氏を箱根に招き、「近自然工法」による登山道整
備について、講座と現地での実習をしました。近自然工法は、もともとはスイスの河川の工事で自然に近づけるような取り組みとして行われており、1980年代に日本に紹介されました。岡崎氏はこれを登山道整備に応用し、大雪山で実践するだけでなく全国各地で紹介しています。
 ここでは岡崎氏が提案する工法のポイントを2点紹介します。

①…周囲の自然をよく観察する
 登山道補修をする場合、どうしても目の前の現況だけに目がいきがちですが、周囲の環境をよく観察し、どうしてその場所が今の状態になったかを考えることが大事です。その上で、利用過多により劣化が進む状態から、補修により自然が回復する状態にしていくことを目指します。

②…自然の現象を取り入れる

 歩きやすくするために道を直すのではなく、自然が回復するのを助けるために直す、ということが重要で、階段を作るにしても、水をせき止めながらゆっくり流すことを考えます。そのため、道に沿って平行、等間隔に段差を刻むのではなく、ハの字、逆ハの字に段差を刻むほうが、水の勢いを抑えられるという発想です。また、自然現象の中に杭を刺すような現象はなく、引っかかるといった現象を活かし、丸太を据えることをすすめています(もちろん、全てをこのようにすべきということではありません)。
岡崎氏が主張することは、近自然工法は技術が大事なのではなく、自然が回復する手助けとして整備や補修をすることが大事だということです。謙虚に自然に向き合い、自然を観察し、その場所にあった整備をする、というのは、今までひたすら階段を作って土砂を抑えることを行ってきた我々の視点を大きく転換するものでした。
研修では外輪山の丸山~乙女峠の区間で実習しました。この箇所は雨が降ると水が歩道を流れ、長い年月の間に60 ~ 80cmほど土砂が流されてしまっていました。ここを補修するにあたって、周囲の植生や地質、前後の勾配などを観察し、大雨の場合を想定して、勢いある流水と土砂を上流部で一旦堰き止め、水をゆっくり流すことで土砂の流出を減らすと同時に、両脇の植生が安定することを目指しました。

施工の流れ

着手前

着手前

着手後

着手後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「近自然工法」の課題と可能性

 この研修を受けた後、近自然工法の練習を明神ヶ岳コースなどで続けていますが、長年にわたり土砂が流れた道を、ある程度の高さまで嵩上げするのは容易なことではありません。数ヶ月練習した中で浮かび上がった課題としては、丸太や中に詰める資材が大量に必要なため、その量を確保する必要があること、そして資材を現場まで運搬するには労力がかかり、多くの人手が必要だということです。とはいえ、一度補修すれば長期間、補修の必要がないことや、時間が経つと景観に溶け込み、植生も同時に回復が見込めること、そして何よりも自然や仲間と対話しながら作り上げる面白さがあり、こうした点において、優れた技術であることは間違いありません。
 最近増えているナラ枯れの枯木や、スギやヒノキの間伐材、伐採後の残渣などをうまく活用すれば、地産地消の循環型の登山道補修にもつながってきます。また、トラスト財団で行っている森林整備ボランティアの方々とも協働できるかもしれません! 今後、課題を克服しながら、近自然工法による登山道補修を進めていきたいと思います。

サスティナブルツーリズムとしての取り組み

 一昨年度から、箱根DMO(観光協会)が窓口となり、箱根におけるサスティナブルツーリズム(持続可能な観光)の取り組みの一環として、町や県、自然公園財団(箱根ビジターセンター)、研究会、民間企業などが定期的に集まって登山道の課題を共有する場を設け、今後に向けた取り組みを話し合っています。岡崎氏を箱根に招へいしたのも、この取り組みによります。他にも企業が社員研修として補修隊に社員を派遣したり、旅行会社が有料の補修イベントを実施して収益を補修活動に還元したりする取り組みが生まれつつあります。今後は、多様な関わりを広げるとともに、参加したい方々の受け皿を充実させることが求められると思います。

「トレイルメンテナンス(トレメン)」という文化を箱根から!

 ここ20年ほどの間に、トレイルランニング(トレラン)を代表とした森林スポーツをする方が非常に多くなってきました。自然の中を疾走する楽しさ、カッコ良さだけでなく、その価値観の中には、自然環境を大切にする、ということも含まれていると思います。トレランのような疾走感はないけれど、協働作業の楽しさや一体感、苦労した後の達成感と充実感、すれ違う登山者との会話など、一回体験すると面白さに気付くのがトレイルメンテナンス(トレメン)です。山を守る文化として箱根から発信していき、ゆくゆくはトレランならぬトレメンの聖地として、箱根の山に来る人が増えるほど、登山道が良くなっていくような好循環が生まれることを願っています。

プロフィール
辻本 明(つじもとあきら)
1968年生まれ。2010年に仲間と箱根自然環境保全活動研究会を立ち上げ、毎月1~2回、登山道の補修活動や外来種の駆除にかかわっている。神奈川県自然環境保全センター箱根出張所勤務。

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